<「浪乃音酒造」訪問記>

last update 6.October.2002

 2002年9月23日 「浪乃音酒造」訪問記

 京都から電車で20分の堅田駅(滋賀県大津市)で降りる。
三兄弟の一番上のお兄さん、中井孝さんが駅まで迎えに来てく
れた。(感謝) 吟醸酒「無名蔵」で有名な浪乃音(なみのお
と)酒造の生産規模は年間300石(一升瓶で3万本)。他の
蔵元に比較すると小規模ではあるが、6年前に建造した近代的
な蔵で、三兄弟が力を合わせて醸し出す酒は金賞の実力をもつ。

<酒造り>

 今回、大阪の池原酒店から紹介して頂き、訪問することがで
きた。(感謝) 到着後、応接室に通された。自己紹介のあと、
できることなら酒づくりをしてみたい旨、説明すると、中井さ
んから明快な答が返ってきた。

 「蔵でバイトならできるでしょう。けれども、それは酒づく
りではない。言うならば、単なる作業でしかない。重要なのは、
蔵人が休んでいるときに杜氏が何をしているか、です。それが
分からなければ一生かかっても酒づくりは覚えられません」

 中井三兄弟は、金賞受賞の名杜氏 金井泰一氏のもとで七年
間、酒造りを学んだ。通常、杜氏になるには、少なくとも十年
間の修行が必要と言われているが、それを七年間で成し遂げて
しまったのは、中井三兄弟の優秀さが大きいと思うが、なんと
言っても、金井杜氏がよく教えてくれたそうである。とにかく
データを取れ、と言われ、言われた通りにデータを取り続けて
いたら、段々、その意味が分かってきたそうだ。

 酒づくりの過程で、今年の米は水をよく吸うとか、麹菌が活
発すぎるとか、何か「いつもと違う」ことが起きたときに、ど
う対処すればよいか、それが杜氏の腕の見せ所であり、毎年の
データの蓄積が、その対処法を示してくれることもあると言う。

 「お酒というのは、方法さえ分かってしまえば出来てしまう
ものなんです。しかし、吟醸酒となると全然違います。吟醸酒
を造る過程では、酒になろうとするものを酒にならないように
するんです。

 たとえば麹をつくる過程では、麹菌がゆっくりと蒸米に進入
していきます。そこでは決して麹菌が満腹にならないように、
しかし元気を失わないように手を入れます。言うならば崖っぷ
ちをずっと走っていくようなイメージなんです。だから少しも
氣がぬけません」なるほど、これは面白そうだ。

 200年の歴史をもつ古い蔵で、中井三兄弟は金井杜氏と共
に初めて酒を造った。そして阪神大震災が起きた。古い蔵はも
うこれ以上耐えられそうになかった。そこで、中井さんは決心
した。蔵を建て直そう、と。春から金井杜氏と共に様々な蔵を
見て回った。兄弟三人で酒を造るための等身大の設計を行い、
まだ使えるホーロータンクはみんなで運び出し、そして新しい
蔵に運び入れた。そうして新しい蔵は完成した。その新しい蔵
で中井三兄弟はもう6回、酒を造ったことになる。

 「ウチの蔵で一番大きなタンクは 900kg です。経験上、そ
れ以上大きいタンクでは、吟醸酒はできないと思います。とこ
ろが大手の酒蔵では平気で 3t のタンクで仕込みます。ウチは、
品質第一でやっていますから、大きなタンクは今後も使用する
ことはありません」 なるほど、デリケートな吟醸酒は、大規
模ではできない、とのこと。よく覚えておこう。

<清酒業界>

  ここで、清酒業界全般の問題について語って頂く。「大きく
言って、二つ問題があります。1.売り先がない。2.杜氏が
不足している。幸運なことに、浪乃音では、これら二つの問題
は解消されていますが、業界として大きな問題です」

 1.については、嗜好の多様化がある。焼酎やワインが飲ま
れるようになった。また、現在のパック酒(普通酒)に代表さ
れる日本酒の販売を大手が今後も続けるとしたら、清酒業界が
自分で自分の首を絞めることになる。なぜなら、純米酒や吟醸
酒など、ていねいに真面目に造られた酒が、その分、飲まれな
くなるからだ。(まぁ、パック酒や1500円級の一升瓶の酒
を買い続ける消費者がわるいとも言えるのだが)

 2.も深刻。現在、全国に約2000ある蔵元も、毎年50
軒づつ廃業に追い込まれている。その理由は上に述べた通り、
日本人の清酒離れが大きい。しかし杜氏の高齢化はもっと深刻
で、そのスピードは、蔵元が廃業していくスピードよりも速い
と言う。杜氏がいなければ酒が造れない蔵元は結構ある。だか
ら今から杜氏を目指せば、将来は安泰だという。(いい杜氏に
なれれば)

<どうせなら杜氏を目指してみては?(命がけで)>

 杜氏になるには、蔵元でバイトをしながら酒造りを覚えるよ
りも、杜氏集団に行って、頭を下げて弟子にしてもらう方が早
道だろう。弟子にしてもらえれば、その杜氏にくっついて、蔵
元で酒づくりを手伝うことになる。十年間、頑張れば、杜氏に
なるのも夢ではない。杜氏集団は全国にあるが、衰退の一途を
辿っており、いまでも活発なのは南部杜氏(岩手)、能登杜氏
(石川)、但馬杜氏(兵庫)などだろう。酒造りのイロハも教
えてもらえるはずだ。(なるほど)

 ここでこんな質問をしてみた。「蔵元で二十年も酒を造って
おられる方もいらっしゃると思います。杜氏が不足しているの
に、なぜその人は杜氏になろうとしないのですか」

 するとこんな答が返ってきた。「多分、杜氏の責任の重さに
耐えられないのでしょう。蔵人がけがをしても杜氏の責任。酒
造りに失敗しても杜氏の責任なのですから。それに杜氏になる
人は、最初から違いますよ」とのこと。さすが、中井さんの言
葉には重みがある。

 さらに話は続く。「蔵の環境は何十年も劣悪だったんです。
酒造りは、冬場休みもなく、寝る暇もありません。寸時を盗ん
で昼寝をしますが、当然雑魚寝です。たいした食事も与えられ
ず、蔵人は働き続けなければなりません。昔の3K(きつい、
きたない、きけん)の代表選手みたいな場所なんです。これで
は、蔵人になろう、杜氏になろうという後継ぎが、なかなかで
きないのも当然でしょう」

 そういった劣悪な環境では、蔵人も思い存分働いてくれない
だろうと思い、浪乃音の蔵には、きちんとした休憩室があり、
冬場、生活できるような設備・部屋が整っている。

 今年の酒造りに、七年間、お世話になった金井泰一氏はいな
い。今年から杜氏として認められた中井さん(次男)が杜氏の
役割を務める。(長男の孝さんも認められている)つまり三兄
弟だけで、酒を造る初めての年になる。しかし不安はないよう
だ。中井さんの話っぷりから、心から酒造りを楽しんでおられ
るのが伝わってくる。天職を見つけたヒトの笑顔はとっても明
るい。

<お話の感想、そして利き酒>

 こうしてお話を伺ってみると、私に酒造りは少し難易度が高
いかもしれない。ましてや杜氏を目指すのも無理がある。けれ
ども、本当においしい酒を世の中に紹介することはできると思
う。できることなら、今後はそんな仕事をしてみたいと思った。

 蔵を出るときに、純米酒、吟醸酒、大吟醸と利き酒をさせて
頂いた。順々に、舌の上でルルルところがす。吟醸は、ほのか
な香りがして、喉にスッと入る。けど、純米酒でも十分、私に
はおいしい酒だった。

 中井さん、どうもありがとう。今年の酒造りもうまくいくよ
う、お祈りしています。

  遠くに見える琵琶湖の湖面が、陽の光を反射しキラキラと輝
いていた。



「浪乃音酒造」
inserted by FC2 system